My Life in Ethiopia

青年海外協力隊員としてのエチオピアでの暮らしについて。

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ナイロビ


 8月末、任国外旅行でケニアに行ってきました。
 青年海外協力隊の2年間、1年に20日ほど任国外旅行に行くことができます。全く行かない人もいるのですが、私は1年目にキリマンジャロ登山とザンジバルで12日間、ザンビアに8日間と、任国外旅行を堪能しました。(エチオピアに来てからなんだか旅行ばっかりしているような気もしますが、普段は大変地味に暮らしています。)
 そして2年目の今年、まずはケニアに上陸です。
 ケニアは東アフリカの玄関口だけあって発展しています。そのせいか、首都ナイロビをはじめとして、大変治安が悪いらしい。しかも、来年3月の大統領選を控え、いつ何が起こるか分からない。現地の治安が悪くなると、旅行に行くことは禁止されるので、航空券等予約をしたはいいが、色々と心配でした。
 そんな心配をよそに、エチオピア隊員10名とケニアに到着。到着日、まずはショッピングモールでお買い物。ここのショッピングモールもすごい。ザンビア同様、先進国としか思えない。同行の隊員たちも大騒ぎです。
 ショッピングモールの後、ナイロビ在住の同期隊員のご案内で日本料理屋「故郷」に行きました。ここもすごい。お寿司、お刺身の舟盛り、揚げ出し豆腐、鍋焼きうどんに、アサヒスーパードライまである。アフリカとは思えない。みんな大騒ぎでビールを飲み、日本食にがっつきます。
 「すごい」しか書いてないような気がしますが・・・翌日、早速マサイマラのサファリに出発です。

マサイマラに行く前後に泊まったナイロビのホテル。というかテント?とてもきれいです。
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ナイロビの町中にて。こういうのはエチオピアとかの東アフリカと同じ感じです。
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お刺身舟盛り。食べるのに忙しく、あまり写真を撮っていません。
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  1. 2012/09/14(金) 22:19:03|
  2. 任国外旅行
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ザンビア!


 5月、ジャパンフェスティバルを無事終え、三大瀑布の一つ、ビクトリアフォールスを見にザンビアに行ってきました。
 ちなみに今回のブログ、全面的に「羨ましい」「すごい」の感動全開でお届けします。
 というのも、ウガンダに行った時も首都の発展ぶりに驚きましたが、ザンビアの首都ルサカはそれ以上の発展ぶり。もはや途上国と呼ぶ必要はないのでは?というほどでした。大きなショッピングモールがいくつもあって、価格も先進国並み。びっくりです。

 まずはザンビアの首都、ルサカからスタート。ルサカの空港から町中まで、タクシーで約30分、20~30USドルかかります(バスなどはありません)。事前に相場を調べてあったのですが、まずこの時点で物価の高さに驚きます。
 ルサカでは隊員連絡所(ドミ)に宿泊できるため、ルサカに着いてすぐドミに行き、マラウィから来る同期と待ち合わせ。本来ならザンビアとエチオピア、マラウィの国内研修所は同じ二本松のはずでしたが、地震の影響で私たちエチオピア隊員とマラウィ隊員は大阪、ザンビア隊員は駒ヶ根の研修になってしまい、知り合いはいません。しかしマラウィ同期が同じ職種の同期と連絡を取ってくれていたらしく、その同期にドミを案内してもらい、ちょっと喋ったりしていたら、マラウィ同期たちの乗ったバスが遅れているとのことで、その時ドミにいたザンビア隊員と一緒にしゃぶしゃぶを食べに行きました。
 豚肉薄切り、きのこ、春雨、豆腐などエチオピアでは食べられない食材と、大根おろし、しょうゆ、ピーナツペーストなどのエチオピアでは食べられない調味料のしゃぶしゃぶはとてもおいしい!ザンビアの隊員たちもとてもフレンドリーで、初対面にもかかわらず色々お話できて、しょっぱなからいい感じです。
 この日、マラウィからのバス到着は21時の予定ということでしたが、多分もっと遅くなるよとのザンビア隊員の予想通り、バスは21時を過ぎても到着せず、私は先に寝てしまいました。

 翌朝7時、ビクトリアフォールスのあるリビングストンに帰るという隊員がいたため、リビングストンまで同行させてもらいました。リビングストンまでの所要時間はバスで約6~7時間。大型の観光バスで快適です。
 ところが。快調に飛ばす私たちのバスを追い抜いた他のバスのせいであわや転倒の危機。棚の上の荷物が落ちてきて、乗り合わせているザンビア人たちも悲鳴を上げ、本当にあとちょっとのところで転倒を免れました。転倒しなくて本当によかった。追い抜いたバスが悪いということで、乗客たちも前を行くバスを罵っている様子。途中で止まった時にそのバスの運転手に文句をつけに行く様子だったので見学してみましたが、運転手はどこかへ逃げていたらしく、乱闘などにはなりませんでした。
 14時頃無事リビングストンに着いて、予約したゲストハウスの場所やタクシーの価格相場などもリビングストン隊員に教えてもらい、本当に隊員の存在ってありがたいと身に染みたところで、まずは、教えてもらったおいしいイタリアンでランチです。これもまたおいしい。エチオピアで一番おいしいイタリア料理屋よりもおいしい(私の知ってる限り)。
 お腹も落ち着いたところで、予約しておいたゲストハウスにチェックイン。
トイレとホットシャワー共同の2人部屋で1泊40ドル。
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そして近くのショッピングセンターに行ったら、これがまた大きい。何でも売ってる。本当にびっくりの連続です。
ちなみに、ザンビアのドミには電子レンジまで置いてあり、それに驚いていたら、隊員に「うちにもあるけど」と言われてしまいました。エチオピアで電子レンジがあるのはシニアとか専門家とかのレベルです。
 そして、その日のディナーに、隊員の間で大変評判の高いocean basketで生ガキを食べようとしたのですが、何しろお昼が遅かったため、3人ともお腹が空いておらず、この日はシーフード盛り合わせで済ませました。それもまたおいしい。貝とか、約1年ぶり・・・。
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 次の日。朝からビクトリアフォールス近くのroyal livingstoneという高級ホテルで朝ごはんのブッフェです。12USドルの割にこれがまたレベル高し!ここはイギリスかって感じでした。(エチオピア感覚で考えるととても高いのですが、日本人感覚で考えるとかなり安い)。
Royal livingstoneのレストラン。素敵。
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雰囲気が素敵。
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ハム類もたくさん。
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ヨーグルトとドライフルーツだけでもこんなにある。
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ジュースもこんなに。(シャンパンは別料金です。)
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庭も素敵。
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プールも素敵。
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庭のすぐ側に川があって、ビクトリアフォールスに続く。既に虹が見えてます。
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川のすぐ側でも食べれます。
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川の水量もすごい。
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 朝ごはんと素敵なお庭を堪能した後はついにメインのビクトリアフォールスです。20ドル払ってビクトリアフォールスの中(?)へ。そこはもう土砂降りの世界。一応カッパを着て、さらにその下にウインドブレーカーなど着ていましたが、それでもびしゃびしゃ。写真を撮ろうと試みますが、あまりの水量に何も写らない。私のカメラは防塵防水なので無事でしたが、同行の2人のカメラはかなりやられていました。

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虹の向こうに見えてるのがバンジーのできる橋
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 存分に滝に打たれ、ちょっと服など乾かしてから、バンジージャンプができるというジンバブエ国境との橋に向かいます。それにしても虹がきれいに見えます。この日はバンジーもせず、見学だけしておとなしく帰りました。

橋から滝方面を眺める
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橋真ん中から向こうはジンバブエです
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頭に荷物、背中に赤ん坊の女性。こういう女性を本当によく見ました。
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ここからバンジーできます。
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橋の下はこんな感じ。
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 次の日。マイクロライトという、モーター付きハンググライダーのようなものに乗って滝を上空から見学です。15分で140ドル。高い。カメラは持ち込めないので、写真はDVDを買うしかありません。同期が買ったので私は買わなかったため、何ドルか忘れましたが、ビクトリアフォールスがあるだけでかなりの外国人がかなりのお金を落としていくんだなーと感心します。
この日はザンビアとジンバブエの大統領がバンジーのできる橋で会合を開くため、橋は立ち入り禁止でした。私たちはそもそもリビングストンに4泊するつもりで、宿も4泊予約していたのですが、宿に着いた時、なぜか二人とも、3泊だったよねと勘違いして1泊分キャンセルしていました。しかしこの日、バンジーができないとなると、そのことにより同期が俄然バンジーをやる気になったので、1泊追加して次の日バンジーをすることに。ちなみに私はこちらではメガネをかけているため、ゴーグルもないのにバンジーなどしたらメガネが吹っ飛ぶに決まっているので、最初っからバンジーはやる気なし。見学に徹します。
 バンジー当日。朝から同期は緊張の面持ち。「死ぬ」を連発。半年ほど前ここでバンジーのロープが切れてオーストラリア人女性(?)がワニのいる川に落ちたばかりですし。※死んでません。
橋の上で、「今までここで何人死んでるの?」と、道行くザンビア人聞いてみたところ、「僕の友達が自殺したんだけど、でもその一人だけだよ」と。本当なのか。
 ちなみにバンジーは確か135ドル。もちろん映像と写真は別料金。ここでも大金がザンビアに落ちていきます。しかしこのお金は一体誰に渡っているのだろうという疑問も。というのも、マイクロライトの操縦士も、バンジーの映像編集者も、見た目欧米の白人だったから。バンジーの映像編集者なんて、私たちが映像見てる横でパソコンのゲームです。エチオピアみたい・・・。
 ともあれ、同期は無事飛び、無傷で帰ってきました。あんなに怖がってたのに、またやりたいほど楽しかったそうです。良かった良かった。

飛ぶ直前
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下を見ると、虹も二重。
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滝の水しぶきと橋
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リビングストン滞在丸3日間の間に生ガキも堪能し、おいしいカレーも食べ、またバスでルサカに戻ります。

ザンベジ川サンセットクルーズ。
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ワニが見れます
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カバも見れます
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だんだん日が暮れてきます
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サーモン!
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生ガキ!
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 ルサカに戻ってまたしゃぶしゃぶとユッケ。しかし実を言うと私はこの旅の間中ずっとお腹の調子が悪く、生ガキもユッケも恐る恐る食べていました。やっぱり何をするにも健康が第一です。

 ルサカでは、同期が同職種の隊員の活動を見に行くということだったので、1日別行動。私はまずショッピングモールでおいしい朝ごはんを食べ、厚切りベーコンの味に感動。価格もホントに先進国並みだなと思いながらショッピングモールをぶらついていると、ドミで話したザンビア隊員たちとばったり。マーケットが見たいなら一緒に行こうと言われ、ありがたく付いていきました。マーケットの場所も、そこに何があるかもよく分かっていない私には大助かり。協力隊員のつながりって素晴らしい。
 マーケットで布など買っていたら、お昼の時間に。ザンビアの主食はシマですが、まだ食べていなかったため、せっかくだからマーケットの食堂でシマを食べようということになり、またもや付いていきました。シマを練る様子など見学して、牛肉とシマでランチ。シマには味がないため、「おいしい!」って感じではありませんが、酸っぱいインジェラより断然食べやすいです。せめてインジェラも無味なら良かったのに。

巨大ショッピングモールのお洒落なカフェで朝ごはん。
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このクロワッサンとカフェラテ、資本主義の味がしました。とてもおいしかったですが51000クワチャ(約10ドル。)高いです。
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シマを練る女性
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牛肉と野菜とシマ。6000クワチャ。(約1.2ドル。)
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 さて、午後。別のショッピングモールでもぶらつこうかなと思っていたら、「これから所長の奥さんと遠くのお土産屋さんに行くけど、一緒に行く?」というありがたい申し出が。そこは大変おしゃれなお土産屋さんで、しかしタクシーを使ってもかなりのお金がかかるため、隊員としては大変アクセスの難しい場所であるらしい。
 いやー本当におしゃれでした。聞けば、ザンビア生まれの欧人が一旦ヨーロッパに渡って、戻ってきて始めた店だとか。エチオピアにはないセンスの品々。どれをとってもびっくり。高すぎて何も買ってませんが。
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 夕方ドミに戻ったら、同期も戻ってきており、晩御飯どうする?と言っていたら、またもや隊員が「これからザンビアの友人と会うけど、一緒に行く?」と。本当にありがたい申し出の連続。図々しくもご一緒させていただき、何でもないピザ屋でおいしいピザを食べ、ザンビア美人と話して、さらにクラブ的なものに行きザンビアの夜を楽しみました。
 ちなみに。ザンビアでは英語が普通に通じます。このザンビア美人たちも、友達同士で喋る時も現地語だったり英語だったり。幼稚園から、教育は英語で行われているらしい。これまたエチオピアとは全然違います。自国の文化を守る上では別に国民全員が英語を喋る必要などないと思いますが、協力隊として活動する上で、あるいは旅行する上で、英語が通じると通じないでは全く状況が違います。
 エチオピアは外資を入れていないため、ザンビアのような大きなショッピングモールはありません。しかし、ザンビアも先進国並みに発展しているのはほんの一部の場所とほんの一部の人だけ。それにより貧富の差が拡大しているのなら、エチオピアのように一様に貧しい方がまだましなのかもしれません。(エチオピアだって年々貧富の差は拡大していますが。)

ルサカ-リビングストン間のバスの車窓から。
ウガンダやタンザニアでもこんな感じの景色をよく見た。
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多くの人はこういう感じの所に住んでいるのかな。
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 というわけで、久しぶりの旅行と同期との再会を楽しみつつ、「アフリカ」と一言で言っても状況は全然違うんだなということを再確認した旅でした。
  1. 2012/06/24(日) 03:11:42|
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ザンジバル!


 キリマン登山の後、ザンジバルという島に移動して4日間を過ごしました。山の後は海を堪能です。
 ストーンタウンという町で、シーフードやたまたま行われていたアフリカ音楽祭を満喫し、パジェという場所で海を堪能しました。
 海がないエチオピアで暮らす私たちは、久しぶりに見る海にはしゃぎ、久しぶりに食べるシーフードをがっつき、久しぶりに入るお洒落なお店に驚き、まさに休暇を満喫。
 ちなみに、今『沈まぬ太陽』を読んでいます。全部で5巻あり、1-2巻は、主人公が信念を貫いたためにアフリカをたらい回しにされるのですが、この中に、キリマンジャロやザンジバルの奴隷市場の話が出てきます。
 美しい島なのに、そんな残酷な歴史があるのは、とても悲しいことです。奴隷市場の跡地に建つ教会も見てきました。

奴隷市場跡地の教会。入場料5000シル。
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教会にて。日本でもよく見ますが、こういう所で見ると説得力あります。
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ストーンタウンの海に飛び込む地元の子どもたち。めちゃ楽しそう!
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ザンジバルのマーケット。バナナ、肉、魚、スパイスなど色々な食料品を売ってます。
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肉屋。
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バナナ。
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魚。
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ザンジバルはスパイスが有名らしいです。バニラビーンズとシナモンを買いました。
バニラビーンズ一袋5000シル、シナモン一袋500シル。
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ザンジバルは扉が美しいことでも有名らしいです。
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マサイ族の人たちは門番として働いていることが多いらしい。
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自作の靴。タイヤの再利用。
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アフリカ音楽祭。5日間のうち初日だけ見ました。入場料39000シル。めちゃ高いこの入場券を前日に買ったのに、当日、全くのフリーパスで入場できました。
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面白い置物。買おうかと思ったけど結構高かったのでやめました。
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タンザニアにあったファンタパッションフルーツ味。ファンタの最高傑作と呼びたい。
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 ストーンタウンで2日過ごした後、パジェに移動。ここではビーチでバレーボール大会したり、みんなはボートで沖合まで出てスキューバやシュノーケリング。私はキリマンアタック時に喉をやられて呼吸系統に不安があったので、ビーチでのんびり。久しぶりにお寿司食べたり、ものすごーくリフレッシュできました。
 泊まったバンガローは日本人女性が経営しており、一人でバンガローを作ったらしく、面白いお話が聞けました。中でも印象に残ったのが、「ザンジバる」という言葉。パジェも停電・断水などなど色々あるらしく、彼女が「でも諦めませんよ」と言った時。誰かが「そうですよね!頑張りましょう!」と言ったら、彼女の返事が、「頑張らない。ザンジバる」。
 私はかなり前から「頑張れ」という言葉が嫌いです。学生時代、「頑張ってるね。(中略)頑張れ。」と言われたことがあり、「すでに十分頑張ってるし、それを認める発言をしておきながら、さらに頑張れとは何事?これ以上頑張れません。」と思ったことがあるのです。
 協力隊に参加したのも、頑張ることが美徳じゃない世界を見てみたかった。という理由もちょっとあります。その世界が自分にとって居心地いいかはまた別問題ですが、少なくともエチオピアと日本では「頑張ること」に対する価値観は違うような気がします。
 そんな風に思っていたので、「ザンジバる」って何だかいいな~と思って、私もインジバラでインジバろうと思ったのでした。
 
パジェの白い砂と青い海。
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パジェのバンガローから。ここはものすごく遠浅で、干満の差がすごいです。
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バレーボール!
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キリマンジャロビールなど飲んでのんびり。
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  1. 2012/02/25(土) 01:59:34|
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キリマンジャロ!


 2月頭、初の任国外旅行に行ってきました。行先はタンザニア。アフリカ最高峰のキリマンジャロに挑戦です。
 しかし私はエチオピア到着当日、ジャイカ事務所のあるビルの8階まで歩いて上り、目の前が真っ暗になったという経験があり、高山病をとても心配していました(首都アディスアベバの標高は2400m。人によっては空港に降りた途端高山病の症状が出る人もいるらしいのですが、同期9人のうち、8階まで登れなかったのは私だけ)。
 ちなみに任地インジバラの標高は2600m(多分)。富士山6合目くらいだから、暮らしてるだけで高地トレーニングだよ。とは言われていたのですが、ホームステイで初めてインジバラに来たとき、ちょっと離れた所にある学校まで歩いて息切れし、しばらく動けなかったという経験もあり、かつ、一緒に行く9人のうち、7人は24~25歳の体育隊員・・・。
 しかも、標高の高いエチオピアで暮らす隊員で、過去キリマンジャロに登りきれなかったのは、伝説的に運の悪い隊員たった1名だというプレッシャー。
 というわけで、12月くらいからジョギングしてみたりしたのですが。
 結論から言うと、一緒に行った人たちのおかげで、無事登頂は果たしましたが、体力的にきつすぎて、アタックの最後の方半分記憶ありません。

私たちはマチャメルートで登りました。
日程的には(大体)
1日目:1800mのゲートから3000mへ。
2日目;3000mから3800mへ。
3日目;3800mから4200mへ。そしてまた3800mへ。
4日目:3800mから4600mへ。
5日目:4600mから山頂5895mへ。そして3000mへ。
6日目:3000mから1800mへ。

 キリマンジャロに登るには、現在、1255ドルという高いお金を払わなければなりません。この中にはガイドさんとポーターさん料金が含まれているらしく、テントや食料、防寒着など、全て運んでもらえます。なので、自分が運ぶ荷物は最低限のものだけ。なのに私は既に2日目くらいから体力的にきつく、その最低限の荷物さえ若い体育隊員が背負ってくれてました。
 3日目は高度順応ということで、一旦上がってまた下がるのですが、私以外はこの日一旦4600mまで上がりました。きつい人は4200mで下がっていいということだったので、私だけ4200mで降下。
 そしてピークは何と言っても5日目。4日目の夜、19時か20時くらいにテントで寝ますが、風があまりに強く、あまり寝れません。なのに23時に起きてビスケットと紅茶を摂取し、24時、出発です。
 真っ暗な中、みんな頭にヘッドライトを装着してガイドの歩みに合わせてゆっくりゆっくり進みます。ものすごくゆっくりなのに息切れ。しかも不調だった私のヘッドライド、すぐに使えなくなり、足元真っ暗。そして1時間毎に休憩入れるからというガイドの説明、何だったんだってくらい休憩がない。(強風や息切れの度に立ち止まる私のせいで予定より遅れていたのかも)
 人に借りたヒートテック2枚着て、長袖Tシャツ、人に借りたフリース、ジャージ、人に借りたカッパ、人に借りたダウンジャケット、ウインドブレーカーを着こんでもまだ寒い。
 そして気付いたら夜明け。気付いたら山頂。と思ったらこれがフェイクの山頂で、一旦「congratulations!」の看板があり、本当の山頂は、そこからさらに1時間ほど歩いたところにあるのです。既にバテバテの私は本当の山頂まで、ガイドさんに腕を組まれて歩きました。
 山頂では記念写真のほか、何する?歌うたう?など、前日にみんなで話してましたが、私以外の人も相当きつかったらしく、記念写真撮って、すぐに撤収しました。
 しかし本当にきついのが山頂からの下り!7時間半かけて登った道を約半分の時間で滑り降ります。ものすごい砂地を、スキーのように滑り下りるのですが、私はこの時もガイドさんに腕を組まれてもう引きずられるまま。砂埃半端ない。全てが砂まみれ。
 登っている間中鼻水が出ていたため、日焼け止めを塗り直したいがその気力もなく、日が出た後は太陽がまぶしいからサングラスをかけたいがその気力もなく。
 お昼までに前日のテント4600mまで戻って着替えとランチ。そこからさらに3000mまで下ります。午後は3時間くらい歩くということでしたが、歩けども歩けどもキャンプ地が見えて来ない。結局夕暮れ近くになってようやくテントに着きました。下りは、呼吸は楽ですが、つま先が痛い。
 次の日、痛むつま先にテーピングをしてまた朝から歩く。後で見たら足の親指の爪は紫色になってました。この日のお昼にようやくゲートについて、登頂証明書をもらい、キリマン登山は無事終了しました。
 誰一人脱落せず、ケガもなく事故もなく、本当によかった。
 とはいえ、私が脱落しなかったのは、一緒に登った人たちのおかげ以外の何ものでもなく。荷物を持ってくれたり、後ろから押してくれたり、後ろから照らしてくれたり、みんなのために音楽かけてくれたり、みんなのためにお菓子配ってくれたり。本当に頭が下がります。

 そしてさっきも書きましたが、私たちの荷物は必要最低限以外全てポーターが運んでくれます。登山者1人につき、3人のポーターを雇います。そのポーターが私たちの荷物を持ち、テントを運搬・設置・撤収し、コックが私たちのご飯を作ってくれ、ガイドが私たちを先導してくれます。
 私が荷物も持たず(持てず)必死で登るその道を、背中と頭に大荷物を載せたポーターがすいすい登って行きます。
 ・・・キリマンに登るって、どういうことなんだろう。
と考えさせられました。確かに私たちは彼らにお金を払います(登山料金のうち、いくらがガイドやポーターに払われるのかはわかりません。また、それ以外にもかなりの額のチップを払います)。だけど、一番大変なことを全部やってもらって、キリマンジャロに登れたからって、少なくとも私は全然すごくないなと思いました。なんだかうまく書けませんが。
 キリマンジャロでは毎年何十人も亡くなります。実際、私たちが登っている時も、嘔吐している人や、アタックを諦めて下山している人を何人も見ました。高山病で亡くなる人の中には、ガイドやポーターも含まれるそうです。タンザニアにおいて、少なくともガイドはそこそこのお金をもらえるようです。が、それはやはり危険と隣り合わせだからなのでしょう。私にとってはキリマン登山はレジャーですが、彼らにとっては、それ以外に仕事がないのかもしれません。リッチな外国人が登るから雇用がある、という風にも考えられますが・・・。

 ちなみに、体力的な問題から、登山中の写真はほとんどありません。後でみんなでシェアしようということになってたので、私は写真は諦めました。

キリマンジャロの麓の町。小さな竜巻が多数発生。
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ゲート付近のポーターたち。手前に写ってるような荷物を頭に乗せて登る。ものすごいバランス力。
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ガイドとアシスタントガイド。アシスタントガイドの頭に乗ってるのが私たちのための卵。ガスコンロなども運んでくれるので、毎回温かい食事をとることができます。おやつも出てきます。高山病予防には水分補給がよいらしく、お茶類もたっぷり出てきます。
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こんな感じのテントに5泊。2人一組で寝る。
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3日目の宿泊地から山頂を望む。これ以後、下山するまで一切写真を撮っていない・・・。
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下山直後。町の様子。
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キリマンジャロの麓、モシにて。分かりにくいけど銅像みたいなものの下に”Water is Life”と書いてある。ちなみに「水」はスワヒリ語では「マジ」と言うらしい。
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※後日談。キリマン登山には私たちが登ったマチャメルート以外にもいくつかルートがあるらしく、マチャメルートの5泊6日というのは、かなりきついコースのようです。
 その後のエチオピア隊員はテント泊ではなく、山小屋に泊まるコース(通称コカコーラルート。実際にはないがコカコーラの自販機があると言われるくらい楽なコースらしい。)で登って結構楽勝だったようです。

  1. 2012/02/25(土) 01:39:27|
  2. 任国外旅行
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ウガンダ!

国際的な水会議に出席するため、ウガンダに行ってきました。エチオピアに来てから初の国外旅行。じゃなくて業務出張。
エチオピアとウガンダはとっても近いのですが、エチオピアからは任国外旅行では行くことができません。アフリカの真珠と言われるウガンダに、ぜひ行ってみたかったので、会議出席のための企画書が通ってウガンダに行けることになってとても嬉しかったです。

エチオピアの首都アディスアベバからウガンダの首都カンパラまで飛行機でたったの2時間弱。なのにこんなにも違うのかってくらい、色んなことが違いました。
まず気候。私の任地インジバラは標高約2600mで富士山6合目くらいの高さ。なのでとても寒いのですが、カンパラは東南アジアかってくらい蒸し暑かったです。
そして食事。はっきり言って、とてもおいしかったです。エチオピアの主食インジェラに未だ慣れない私には、ウガンダの主食マトケがおいしくて羨ましくてなりません。ウガンダにはマトケ以外にもポショやキャッサバなど、主食がいくつかあるらしく、その選択肢の多さも羨ましい限りです。何しろエチオピアの食事といえば、インジェラ、あるいはパサついたパンしかありません。
またウガンダは土壌が豊からしく、種を植えたら肥料がなくても植物はすくすく育つらしいです。そのせいなのかバナナ、パイナップルなど南国フルーツが盛りだくさん。そして焼き鳥やモツ煮込みの屋台など、おいしい物が手に入りやすい!いろんな意味で東南アジアぽかったです。
数年前までカンパラはアディスアベバよりも小さな都市だったらしいのですが、今や完全に規模で言えばカンパラの方が上を行ってます。巨大なショッピングモールに興奮して色々買い込みました。
そして村落の研修で3週間を共に過ごした仲間に久しぶりに会えたり、今後の活動の参考になりそうな水の防衛隊情報共有会と、ウガンダ隊員の活動先視察と、とても内容の濃い6日間を過ごすことができました。

今回のウガンダ行きの主な目的は国際的な水会議への出席だったのですが、私にとっては、水の防衛隊情報共有会と活動先視察がとても刺激になりました。本当に皆さんしっかり活動してらっしゃる!未だほとんど何もできてない私とは大違いです。ウガンダでは英語が公用語とされているなど、状況の違いも大きいのですが、見習いたい。と思うことばかりでした。

活動先視察で行ったモデルビレッジでは、SODISという、研修所で水の浄化方法を調べたときに知った方法が実際に行われていたり、本当に有意義なものでした!
水会議は来年もカンパラで行われるようなので、来年も行けたらいいのになーって思ってます。


多分エチオピア上空。乾いた大地っぽい。
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多分ウガンダ上空。なんか青くて水の気配。
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エミレーツ航空の機内食でインジェラが出てきた(泣)
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会議のために行ったんです。
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巨大スーパーにて。エチオピアにはこんなスーパーありません。
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日本食レストランもあるし!半年ぶりのお寿司~
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バナナの葉でバナナを蒸したらポショ(多分)。食感も味もまるっきりおいもです。
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たわわに実るバナナ。
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カンパラから車で30分くらいのワキソタウンの市場。
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エチオピアでもこういうの売って欲しい。
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ウガンダの井戸。
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壊れやすい可動部に工夫が。
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SODISです。任地でも試してみたい。
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JICAウガンダ事務所より。ほんとに緑が豊か。
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JICAウガンダ事務所の下のレストラン。おしゃれすぎる。
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青いビクトリア湖。でも観光する時間は全然なかった・・・
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でもアディスアベバ空港に着いたらちょっと「帰ってきた」感がありました。
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  1. 2012/01/04(水) 03:07:58|
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