My Life in Ethiopia

青年海外協力隊員としてのエチオピアでの暮らしについて。

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最後のエチオピア新年


 西暦2013年の9月11日はエチオピア暦の2006年1月1日。つまり新年でした。
 いつもならこういった祝日には羊を絞めてご馳走を食べるのですが、なんと今年は新年がツォム(動物性蛋白質断食の日)である水曜日であったため、新年にはお肉の摂取ができませんでした。その日はコーヒーセレモニーなどだけを楽しみ(お肉や牛乳はダメなのに、コーヒーやお酒は問題ないというのが最後までよく分からないところだったのですが、多分理由なんてあってないようなものかと推測します)、9月12日が新年本番といったところ。
 私は帰国を控え、9月13日金曜日の早朝に任地から首都に出発することになっていたため、配属先などの人にご挨拶に行ったのですが、既に多くの人が新年の休みモードで実家に戻っていたりして、きっと後で「挨拶もせずに帰国したの?」って言われるんだろうなーと思うと残念。
 しかも、帰国するとなったら「帰る時何くれるの?」攻撃がすごい。もちろん人によりますが。あまり話したことのないおじさんがわざわざ呼び止めるので何かと思ったら、「ラップトップくれ!」。最後にジャイカのボランティア調整員が私の活動の最終報告のために配属先に来てくれたのですが、対応してくれた副トップが最後に言ったのは「ラップトップが欲しい。」*1・・・・・・。何で?
 そういった高価な物はあげず、お世話になった人には私が着ていた服(もちろんまだまだ着れる物)などをあげたのですが、とある人に「お古をプレゼントするのは失礼だ。ちゃんと買った物をあげるように」と言われてしまいました。そんなことを言われたのは初めてだったので、その場は謝りましたが、その後、「中途半端な金持ちは厄介だなー。他の人は喜んでくれたのに。いらないんなら返してもらって村落部の人にあげればよかったなー」と思っています。
 そんなこんなで、任地を去る寂しさと、「物くれ」攻撃への残念さと、複雑な思いを抱えながら最後の夜に荷物のパッキングをしていると、なんと停電。しかも夜8時から朝7時くらいまで。ここのところそんなに長い停電はなかったのに、何で最後の夜にそんなことになるのか。ろうそくは1本だけだけど、残しておいてよかったと思いながら、ろうそくの灯りの元でパッキング。
 エチオピアは最後まで気が抜けません。

*1配属先ではパソコンはほとんどゲームや音楽のために使われています。インターネットが開通してからは、ほとんどフェイスブック。しかしそんな状況でも新しいパソコンが何台か導入されました。一体誰が何のために?としか思えないのですが。
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  1. 2013/11/25(月) 23:52:53|
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