My Life in Ethiopia

青年海外協力隊員としてのエチオピアでの暮らしについて。

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ラスダシェン登山


 年末年始(とはいえエチオピアは年末年始ではない)にかけて、ラスダシェンという、エチオピアで一番高い山(4543m)に登ってきました。ラスダシェンの登山が5日間、それにラスダシェン最寄りの街(ゴンダール)までの移動を合わせて、計7日間の行程です。

 旅の1日目、任地インジバラからバハルダール、そしてゴンダールへ移動します。それぞれバスで2時間と3時間ほど。私たちは7人の登山グループだったため、バハルダール隊員がバスをコントラ(乗客を乗せたり降ろしたりしながら走るのではなく、出発地から目的地までの貸切)予約していたのですが、コントラのはずなのに、車掌は、他の人が乗ってくると言い出し、結局そのバスはキャンセル。波乱含みのスタートです。バハルダールを15時に出るはずが結局出発したのは16時頃。日も暮れてからゴンダールに着きました。

 旅の2日目、登山初日です。ゴンダールから車で2時間ほどのデバルクという町まで車で走り、お昼を食べて、ガイドなどと合流してデバルクからさらに車で走り、登山を開始します。が、この日デバルクまでなぜか3時間くらいかかり、登山を開始するのが遅れた様子で、本来歩き始める地点よりもさらに車で進んでから歩き始めました。大体13時から18時くらいまで歩いてキャンプサイトに着き、真っ暗な中、野外でディナーです。キリマンジャロに登った時は、もっと寒かったけど食事はいつもテントの中だったのに。(私はキリマンジャロ以外の登山経験がないので、全てをキリマンジャロ登山と比べてしまいます。)暗くて寒い中でディナーを済ませ、早速テントで寝ます。
 今回の登山パーティは、エチオピア北部隊員の男性5人、ジャイカ専門家の女性1人と私という7人。テントは女性2人、男性が2人と3人の3つです。早速寝ようとしたはいいが、ツアー会社から借りた寝袋がどうしようもなくお粗末な代物で、寒いことこの上ない。専門家の女性は寝袋を持参していた上に、薄くて軽い寝袋用のシーツを持っていたので、シーツを貸してくれました。とても薄いのに、とても暖かい。が、それでも寒いので持参したホッカイロを早速使用。ダウンジャケットなども着て寝ましたが、寒くて目が覚めます。ダウンジャケットを着ているのだからそんなに寒くないだろうという予想を覆す寒さに、持参したヒートテックを2枚とも着ます。それでまた寝ましたが、それでも寒い。しょうがなく、持参した服を全て着ることにしました。ヒートテック2枚、普通の長袖Tシャツ1枚、半袖Tシャツ3枚、ジャージ、ダウンジャケット、ウインドブレーカーにマフラーです。下半身は、ヒートテックタイツとジャージとウインドブレーカーのズボン。さらに、寝袋の上からもう一枚のウインドブレーカーをかけて、ようやく眠ることができました。

 登山2日目、7時半から朝食を食べ、早速歩きます。が、初日からそうだったのですが、ガイドの歩みが速すぎる。私は元から歩くのが遅いこともあり、全く着いて行けません。ペースが遅い人が前に行った方がいいと言われ、ガイドのすぐ後を歩いていたのですが、ガイドが速すぎ、私はどんどん遅れていく。そして私以外の人がどんどん私を追い抜いて行く。結局私はこの後もずっと、スカウトという、銃を持ってついてきてくれるエチオピア人と2人で最後尾を行くことになりました。
 初日以外は日が暮れる前にキャンプサイトに着いたため、屋外のディナーもそんなには寒くなかったのですが、やはり食べ物が急激に冷めていくのはしょうがないところです。

 登山3日目、大体同じ。ラスダシェンは、登ったり下りたりの繰り返しです。途中で見る景色はかなり美しいのですが、なにぶん私の歩みが遅いため、あまり景色を見る余裕がない。途中ガイドは私を待って止まっているたりするのですが、私が追い付くか追いつかないかのうちにまた歩き出すため、私には休憩時間がない。苦しいのは歩いている間だけで、休憩時間はそんなにはいらないのですが、上着を着たり脱いだり、水を飲んだり、日焼け止めを塗り直したりしたいのでたまには止まりたい。が、ガイドはそんなことちっとも気にかけてなさそう。

 登山4日目。この日がアタックということで、朝4時半から朝食を食べ、5時に出発です。この日がちょうど新年。男性陣は山頂でご来光を見たかったようですが、山頂まで4,5時間かかるとのこと。しかも、山頂まで谷を歩くので、なんとなーく朝が来た、という感じで、初日の出を見たという感じもありませんでした。キリマンのアタック時は、夜中の12時に出発し、ものすごい寒さと風の中を、1歩ずつ1歩ずつ本当にゆっくり行くのですが(それでもものすごく息が切れる)、今回のアタックは、地元民が歩いているような普通の道を行き、特に寒くもなく、風もなく、特別に危険な個所もなく、最後は岩場なので全身で登る必要がありますが、それ以外は普通に歩いて山頂に行けます。ただ、山頂とは言っても、ラスダシェンの場合、同じような高さの山頂的なものがいくつかあり、そこに登ったり、その後で谷まで下りたりという繰り返しのため、キリマンの時のように、「ついに山頂だ!やっと辿り着きました!!」という感動も薄め。一応みんなで記念写真を撮って、また下ります。キリマンの時は、山頂からの下山はガイドに腕を取られてほとんど引きずられるように下りたのですが、今回は自力で下りました。滑りやすい所はスカウトさんに手を取ってもらいましたが。そして、前日と同じテントまで下りて4日目も終了です。
 ちなみにこのラスダシェン、キリマンジャロにも登ったことのあるエチオピア隊員が口を揃えて「キリマンよりもきつい」と言っていたため、私はかなりビビッていたのですが、結論から言うと、キリマンジャロの方が300倍くらい辛かったです。というのも、多分アタック以外はラスダシェンもキリマンジャロも大差ないのですが(つまり、かなり標高の高い所を延々歩く)、アタックの辛さが比べ物になりません。ただ、私がキリマン登山時に登ったマチャメルートはキリマン登山道の中でも辛い部類らしいので、ルートや天候によっても違ってくるとは思いますが。
 ラスダシェンアタックをした日は、エチオピアでは普通の日ですが、ラスダシェンに登るようなファレンジ(外国人)にとっては新年ということを調理人も知っていたらしく、羊を捌いたと言って羊肉と、赤ワインが出てきました。ちなみに、ディナーは毎日かなりおいしかったです。メニューはスープと野菜炒め、スパゲティなどです。野菜やガスボンベなどをミュールが運んでくれるので、毎日たっぷりの温かい食事がいただけます。私は5日間毎日6~11時間歩いていたにもかかわらず、4キロも太ってしまいました。なぜ?そして任地に戻って5日間で3キロ減りました。なぜ?

 登山5日目。この日はゴンダールまで戻るため、13時までにはキャンプサイトに戻っていた方がよいということで、前日よりも早い朝4時から朝食。のはずだったのですが、朝4時、何も準備されていない。調理人のテントを覗きに行くと、鍋を火にかけたまま、調理人は寝ていました。「もうみんな待ってるんだけど」と言うと、「すぐできるから」という返事。いや絶対無理でしょ。と思って「何分後?」と聞くと、「20分。」正直なのはいいけど、私たちは一体何のために早起きしたんだ!と思い、エチオピア流の驚き方で「んで~~~!!??」と言うと、「分かった。15分。」それをみんなに伝え、みんな一旦各自のテントに撤収。結局歩き始めたのは5時くらいでした。「それくらいなら最初から4時に朝食とか言うなよ~」という不満がくすぶる中、なんとガイドが7時くらいに通過した村で「ボクはここで朝食を食べて行く」との発言。「なぜお前はさっき朝食を食べなかったんだ!」とさらに渦巻く不満。そんなこんなありながら、無事に13時前に初日のキャンプサイトに到着して、5日間の登山は終わりました。

 今回も疲労軽減のため、ほとんど写真を撮っていません。途中で断崖絶壁とか美しい花とか珍しい景色など、写真に撮りたいものはたくさんあったのですが。ちなみに、ラスダシェン登山ではほとんど動物には会えません。今回は、アイベックスとサルとネズミが見れたのみ。ハイパーラッキーだと、エチオピアウルフが見れるそうなのですが、今回は残念ながら見れませんでした。
 有名な登山家、野口健が数か月前にエチオピアに来てラスダシェンに登ったらしく、彼のブログに、ラスダシェンにはほとんど日本人が来ていないと書いてあったのですが、私たちが行った時も、登っていたのはヨーロッパ人と、エチオピアで活動するピースコー(アメリカ版協力隊)の隊員と私たちだけでした。でもそれもそのはず、日本からエチオピアはかなり距離があり、さらに標高も高い(ノルウェーからトレッキングに来ているらしき男性はどう見ても高山病の様相を呈していました。)ため、ラスダシェンに登るには、かなり長いお休みが必要になると思います。忙しい日本人にそんな時間があるとは思えません。

 ちなみに今回のメンバーは、日本人登山者7名と、英語の喋れるガイドが1名、銃を持って後ろからついてきてくれる地元民(スカウト)が1名、私たちの荷物やテントを運ぶミュール(ロバ?)を扱うミュールハンドラーが4名、調理人が1名とアシスタントの調理人が1名という構成でした。キリマンの時は、私たちの荷物やテントは、ポーターさん(人間)が運んでくれたので申し訳なさも倍増でしたが。その時同様、今回のスカウトさんは、足元も普通のエチオピア人が履いているような白いサンダル。長袖も着ていないのに、どうやら夜は私たちのテントの側でただ座って(テントもなければ毛布もない)、見張りをしてくれていたらしいです。結局申し訳ない・・・・・・・。

スカウトさん。名前はタカ。今回一番お世話になったかも。
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足元。このサンダルは任地でもよく見かけます。
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 登山を無事終え、デバルクでガイドなどと別れ、そこからゴンダールへ戻ります。ゴンダールで泊まったホテルが素晴らしく、ツインで1人1泊270ブルにもかかわらず、バスタブまでついていました。ここで5日間の砂埃を洗い流します。予想通りと言うべきか、バスタブの水の黒いこと。そして、ダシェンビアガーデン(エチオピアの2大ビールのうちの一つがダシェンビールです)で乾杯して、旅の無事を祝いました。

 翌日、ゴンダールからバハルダールに戻ってこの旅も終了。肉体的疲労はキリマンに比べれば大したことはないですが、それでもかなり疲れました。
 最後に、私の数少ない写真の中からラスダシェン登山の写真をいくつか。

デバルク近郊では中国人が道路建設中。
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1日目。歩き始めてすぐの景色。
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1日目のキャンプサイトからの夕日
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2日目。切り立った崖
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2日目のキャンプサイトで見れる景色と猿
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4日目に通る川。今までに見たエチオピアの川はどれも茶色く濁っていたため、こんなに澄んだ川もあるのかとびっくりでした。
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5日目の下山中にあった骨。
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5日目の帰りの車中より。ものすごい高地の斜面を耕してます。
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私たちがお金をかけて登るラスダシェンにも普通にエチオピア人が住んでいて、麓の村からお土産を売りに来ている。ちなみにペプシも売っていて、一瓶25ブル(町では7ブル)でした。山の民はすごいです。
P1130012.jpg

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  1. 2013/01/18(金) 01:42:53|
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