My Life in Ethiopia

青年海外協力隊員としてのエチオピアでの暮らしについて。

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協力隊員としての2年3か月を振り返って思うこと。


 「2年3か月/行ってみて/協力隊活動は、どうでしたか?」というよく聞かれそうな質問に対する答えとして、一言で言えば「楽しかった」ですが・・・、「具体的にどういう風に?」と聞かれると。
 私の協力隊への志望動機の一つは「自分が知っているのとは違う価値観を知りたい」だったので、宗教、言葉、習慣、食べ物など何もかもが違うエチオピアで暮らせたことで、その目的は達成できたと言えます。
 さらに具体的に言えば、私は「頑張ることが美徳じゃない世界」を見てみたかったんです。日本ではすぐに「頑張ります」とか「頑張って」という言葉を口にするし、そう言わなければ収まりのつかない場面も多々あるように思います。
 ですがエチオピアでは多分、「頑張る」ことは美徳ではないです。「過労死するまで頑張る」なんて、たぶん想像もつかないと思います。というか、「頑張る」という価値観そのものがあるのかどうかもよく分かりません。エチオピアで使うアムハラ語には「(男性に)アイゾ/(女性に)アイゾッシュ)」という言葉があります。これは日本語で言えば「頑張って」とか「気をつけて」とかいう意味なのですが、日本語の「頑張って」とはかなりイメージが違う気がします。何か仕事をしている人にも「アイゾ/アイゾッシュ」と言いますが、道でこけそうになった時、風邪を引いた時、などなど、「気を付けて~」とか「あなたのこと気に掛けてるよー」とかいう場面の方がよくその言葉を使う気がします。
 これまで「頑張ることは尊い」という価値観の中で生きてきた私にとって、あまりにも「頑張らない」エチオピアは、その点では決して居心地のいい場所ではありませんでした。例えば、学校では成績だけで判断されるため、よい成績をとるためなら、カンニングでもズルでも何でもする生徒ばかり(らしい)です。それに比べたら、たとえそれが建前だけだとしても「努力は報われる」という前提のもとに評価される方がいいのではないかと思います。
 しかし「努力は実は報われないこともある」という事実の前には。そして「頑張った先に何があるのか分からない」という事実の前には。
 エチオピアと日本の中間くらいの、ちょうどいい感じってないのかな~と思っています。
  1. 2013/11/25(月) 23:55:37|
  2. 雑感
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