My Life in Ethiopia

青年海外協力隊員としてのエチオピアでの暮らしについて。

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エチオピア南部旅行


 エチオピアにはたくさんの観光地があり、二大観光地が北部の遺跡(教会群など)と、南部の民族です。5月半ば、南部の民族を訪ねる旅をしてきました。
 まずは首都に移動。エチオピアの観光地はほとんど首都からしか飛行機が飛んでいないため、国内旅行をするにも大体一度首都に行かねばなりません。
 次に、首都アディスアベバからアルバミンチまで飛行機で飛びます。往復約2千ブル。これまでの隊員はアディスアベバからレンタカーを借りていくことが多かったようなのですが、色々な人の話を総合すると、飛行機を使ってアルバミンチからレンタカーを借りる方が、首都からレンタカーを借りるよりもトータルで少し安いらしいです。
 しかし今回の旅も、「幹事さんに全てお任せ。何となく民族見れればいいや」くらいの感じだったので、正直、いつ、何族を見たのかよく覚えていません・・・。が、しっかりした会計係がいつ、何に、いくら使ったのかをメモってくれていたため、このメモを元に記憶を辿ります。
 初日、アルバミンチ空港でパラダイスロッジというロッジの客引きに(自発的に)つかまり、泊まることになりました。エントランスからかなりいい感じでテンションも上がります。エントランスやレストランからの景色も最高です。
 翌朝、朝日を見ようと5時半頃からスタンバイしていたのですが、どんよりと曇り空。ホテルのエントランスからの朝の景色。「アルバミンチ」とは「40の泉」の意。
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 なんとなーくの朝日を見て、エチオピアらしからぬ豪華な朝食を食べ、早速レンタルのランクルで旅の始まりです。
 まずはコンソ村を見に行きます。途中の道が既に私の知ってるエチオピアっぽくない。バナナがわさわさと茂り、暑いし、人々の顔立ちも違う!ケニアとかウガンダっぽい感じです。
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牛渋滞に何度もつかまるし。
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乾季ゆえ川も干上がってるし。
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一方水のある川では洗濯してたり入浴してたり。
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民族の皆さんも普通に歩いてます。
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コンソの家はこんな感じ。屋根に壺が乗ってるのが特徴。
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 コンソ村見学の後、ランチを食べます。インジェラです。でもおいしい!いつもは油ギッシュで遠慮しておきたいカイワット(赤いワット)もお肉が柔らかくてびっくり。
 こちら南部名物ゴマンバスガ。(ほうれん草的な野菜と肉)
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 その後マーケットに。入場料が1グループにつき150ブル。ただもう終わりかけのため、人は少な目とのこと。でも色んな民族がいました。全体を撮るのはタダなのですが、誰か特定の人を撮ると2ブルほどかかるとのことだったので全体しか撮ってません。よーく見ると民族衣装の方々がかなりいます。
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 このマーケットの近くにソーラーキオスクがありました。屋根のソーラーパネルで自家発電可能。可能性を感じます。
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 そしてこの日の宿はジンカ。これがジンカのロータリー。
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 あまり大きい町ではありませんが、地球の歩き方にも載っている(らしい)GOHホテルに泊まり、その隣のoritホテルでインジェラを食べました。
 ここで問題発生。とある地方隊員が、「シロワットが40ブルなんて高すぎる。任地ではせいぜい20ブルだ」と言い出したため、出された英語メニューではなく、「アムハラ語メニューをよこせ!」と言ってみたところ。なんとアムハラ語のメニューではシロワットは25ブル(だったかな?)と、英語メニューとアムハラ語メニューで値段が違うということが判明。これ、先輩隊員もよく言っていたのですが、こういうの、未だにあるんだなぁとある意味感嘆。「私たちはエチオピアに住んでるし、レジデンスIDもあるし、何でファレンジ(外人)価格なの?」と粘ってみましたが聞き入れてくれず、結局シロワットに40ブルも払う羽目に。高い。
 翌朝は別のレストランで朝食を済ませ、唇にお皿をはめていることで有名なムルシ族に会いに行きます。ムルシ族は国立公園の中に住んでいるため、ムルシに会うためには国立公園の入場料もかかります(一人当たり160ブルほど)。さらに入村料が一人100ブル。さらに民俗村に入るには、それぞれローカルガイドを雇わなければならないため、意外に出費がかさみます

そうしてようやく出会えたムルシの皆さん。こちら。
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 ムルシ族は写真代が高く、被写体になってもらうと大人一人5ブル、子ども3ブルほどを渡さねばなりません。なので集合写真以外ほとんど撮りませんでした。これ、隠し撮り?
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子どもが牛糞を体に塗っていたのが結構衝撃的だったためお金を払って撮った写真。
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 思えば私は派遣国がエチオピアになり、エチオピアについて大急ぎで調べたら出てきたのがこのムルシを初めとする民族の皆さん。こういうのが美しいという価値観を持っている人たちと分かり合うことはできるんだろうか!?という不安を抱いていたものです。
 出会ってみた結果。あまりコミュニケーションを図っていません。エチオピアの公用語であるアムハラ語は私がいる北部アムハラ州の言葉であるため、南部では学校以外でアムハラ語を使わないらしく、アムハラ語が通じない人も多数おり、また、観光客慣れしているムルシの皆さんはほとんど「写真撮ってブルちょうだい!」しか言わないので、私はほぼ、写真を撮る人たちを眺めていました。

 思う存分写真を撮って、次にハマル族の村に向かいます。コーヒー(のようなもの)を頂いているところ。
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 ああ、この人たちも写真集で見た!この傷(ナイフで肌に傷をつけて模様にしていたり、カウジャンプという伝統行事でつくらしい傷など)、せっかくの美しい肌が痛々しい・・・と思うのはそれぞれの民族の美意識を理解できてないということなんでしょう。
 民族に興味のある方は色々なサイトをご参照ください。このサイト(http://www.saiyu.co.jp/special/africa/ethiopia/midokoro/southern_area/)とか分かりやすくまとまってます。
 ちなみにこの日はブンナベットに泊まりました。凹みまくったマットレスと共同水シャワーと共同トイレ。夜のトイレは危ない気がして行けませんでした。そもそも部屋だってちょっと蹴られたら開いちゃいそうな作り。しかしそれでも外人価格の一部屋60ブル。高い・・・。

部落に行く道はアフリカっぽい。
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夜のソーラーキオスク。この村には電気がないらしく、真っ暗な中でただ一つ光るルソーラーキオスク。冷たいビールも飲めます。
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 翌日はツァマイ族です。頭にひょうたんみたいなものを割ったヘルメットみたいなものをかぶってます。本当に美意識って色々すぎる。
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 その後コンソに戻り、インジェラでランチ。そしてお土産物屋さんへ。コンソの女性のスカートはフワフワしててかわいいです。
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モリンガを運ぶ女性。
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 ウガンダで見たモリンガは、ミラクルツリーと呼ばれ色々な用途に使えるため、任地で活用できないかと考えていたのですが、標高が高いと生えないらしく、私の任地ではモリンガを見かけることはありませんが、この辺りではいつも食べているらしいです。
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 お土産屋さんの後、アルバミンチに戻ります。本当はこの日(土曜日)のジンカマーケットに行って色々な民族を見たかったのですが、なぜか急に「行けない」と言われ、このような日程になりました。4泊5日の旅のうち、これで4日が終了。
 翌日は午後の飛行機で首都に戻るため、午前中にミニバスを借り切ってドルゼ村へ。この村は他の民族と違って「写真撮れ!ブルくれ!」と言わず、それどころか偽バナナの木から作ったコチョというピザ(とガイドは言っていました)まで出してくれました。お腹が空いていたので意外にバクバク食べてしまいました。焼き立てはおいしかったです。
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なついてくる子どもがかわいい。
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 全体的な感想としては、同じエチオピアといえども、今回旅した南部は自分が住んでいる北部とは、人々の顔立ち、言葉、気候、文化なども全然違って、まるで任国外旅行の気分でした。食べ物はほぼインジェラでしたが、どのインジェラも大変おいしく、任国外旅行でやって来る他国隊員がインジェラおよびエチオピアを大絶賛して帰って行くのも納得です。
 帰国まであと少しというところで、南部エチオピアを見れたのは大変有意義でした。私はこれまでこのブログでも「エチオピア」や「エチオピア人」について書いた気がしますが、「エチオピア」「エチオピア人」と言っても一括りにすることなんて無理だなということを痛感。宗教だって全然違う。この旅で「イグザビエルイマスガン(神様のおかげです)」なんて一言も聞かなかった気がします。民族の方たちは独自の宗教を持っているらしいですし、任地でほぼ全員が信仰するエチオピア正教も南部に行けば少数派。今更ながらエチオピアの広さと歴史の深さを感じた旅でした。
 しかし・・・私が普段よく行く村落部の皆さんも、南部の民族の人々と同じくらい伝統文化の中を生きていると思われるのに、かたや観光地化され写真を撮られてブルをもらう。かたやドナーからは「援助対象」とみなされ、あるいはただ放置されている。自分たちとしてはただ普通に生きているだけなのに、物珍しがられて写真に撮られてそれでお金をもらうというのは、あまり嬉しい事ではない気がするし、先進国の人々がたくさんやってくる中で自分たちの伝統文化を守り続けるのは難しくはないのかと思います。「他の文化を知らないから」と言えばそれまでですが、じゃあ自分たちを見に来る人たちのことを一体どう思っているんだろうかというのが気になります。今更誰にも聞けないのですが。

インジバラ近郊の村落部にて。
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 女性はよくこのような緑色のワンピースを着ています。珍しく子どもたちもお揃いのワンピースだったので撮ってみました。
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  1. 2013/07/03(水) 21:48:14|
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アジスアベバ観光


 1月に首都でジャパンフェスティバルが行われた折、ちょうどウガンダから同期がエチオピアに旅行に来ていたため、一緒にアジスアベバ観光をしてきました。とはいえ、私はアジスのことをよく知りません。「どこ見たらいいかな?」などと聞かれる度に、「うーん、どこがいいだろう」と考えてしまうほど。首都に住む同期のお勧めとしては、エチオピア名産の革で色々作ってもらえる革屋さんや、エチオピアの文字で自分の名前のペンダントトップを作れる貴金属屋さんなどがあるようですが、今回来ていた隊員はどちらもあまり興味なさそう。なので、私も行ったことがない三位一体教会を見てきました。こちら。
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 しかし、50ブルも払って教会の敷地に入ったのに、なぜか分かりませんが閉まってて入れず。中を見た人によると、ステンドグラスが美しいそうです。ちなみにこの間亡くなったメレス首相の墓もあります(見学不可)。
 で、ここで自称この教会のスタッフが、教会を案内すると言うので、「不要」「お金あげないよ」と散々言ったにも関わらず「大丈夫」と案内を始めました。色々説明してくれて、三位一体教会の近くにある教会にも案内してくれて、で、そっちの教会に入るにはまた50ブル。と言い出したので、「じゃあ入らない」と言った辺りから雲行きは怪しくなり始め、結局のところ「ガイド料をよこせ」と言い出しました。だから、最初に散々「不要」「お金あげないよ」って言ったでしょうが。と思いつつ、この自称ガイドが結構しつこそうだったので、逃げるように三位一体教会を去りました。中に入れないのに払った50ブル、もったいない。

 で、逃げた先が、三位一体教会の近くにある国立博物館。こちらにはかつての最古の人類(現在はもっと古い人類も発見されてます)のルーシーの骨格(のレプリカ)があります。本物はアメリカにあるそうで。こちらの博物館、エチオピア人価格でたったの2ブル。値段の割に意外に楽しめました。
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これがルーシーのレプリカ(だったような)。
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ルーシーはかなり小さかったようです。
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博物館近くの巨大鳩
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 ちなみに、最近のロンリープラネットの「今行くべき旅行先」にはアジスアベバが上位に入ってます。その理由が、「ものすごい勢いで変化している」とかだった(気がします)。確かに現在のアジスは、道路は工事中、たくさんのビルも建設中。きっと、2,3年後には全然違う様相を呈しているんだろうなと思います。

建設中のビル。足場は竹です。
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アジスのメインロード(ボレロード)も工事中。
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 今回来たウガンダ隊員のように、任国外旅行でエチオピアに来る他国隊員は、エチオピアを結構楽しんでいるようです。確かにアフリカっぽくなくて新鮮だし、コーヒーはおいしいし、美男美女は多いし、インジェラも1,2回ならおいしい(かもしれない)し、私が任国外旅行で「ケニア最高」とか思っているのと同じように、旅行で来ると楽しい国なのかもしれません。ずっと住むのはまた別の話。ということで。
 しかし発展中のアジスは大気汚染がすごい。すぐに喉が痛くなります。空気のみならず、水も汚い。下水の10%以下しか処理されてないそうで。このまま街だけ発展すると公害とか発生しそう。そういう教訓こそ世界で共有してほしいです。
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アジスを流れる汚い川。匂いもひどいです。
  1. 2013/02/15(金) 03:03:38|
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ティムカット



 1月19日はティムカットというエチオピア正教徒のお祭りでした。この日はキリストがヨルダン川で洗礼を受けた日を記念する祭りらしいです。
 このティムカットで有名なのが、ゴンダールという街。ゴンダールには王のプールがあります。普段は水を張ることもなく、ひっそりしているのですが、ティムカットの日に、エチオピア正教徒の洗礼に使われるらしく、各地からこの、聖水が満たされるプールめがけてエチオピア人がたくさん集まり、それを見る外国人旅行者も押し寄せます。

普段の王のプール。6月に行った時は、水もなければ観光客も一人もいませんでした。
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 今年はこのティムカットのゴンダールに行ってきました。(去年の任地でのティムカットの様子はhttp://mylifeinethiopia.blog.fc2.com/blog-entry-16.htmlをご参照ください。)

 ティムカット当日。朝も暗いうちからプール周辺にたくさんのエチオピア人が集まって祈っています。ただ、プールに飛び込めるのは朝8時以降らしく、8時が過ぎるまでひたすらお祈り。

ひれ伏して祈るの図。ただ、一人寝てる人も写ってます。
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立って祈るの図。他にも寝てる人は結構いました。
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 その後、プールを取り囲んでいた大量のエチオピア人が動き出します。私もプールで泳ぐエチオピア人見たさに前の方に行きますが、だんだん、このまま押されているととても汚いという噂のプール(聖水です)に突き落とされてしまうのでは、と不安に。端の方によけて、突き落とされそうにないことを確認してから、再び前の方に行ってみました。

プールに押し寄せ始める人たち
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壁に登ろうとしている人たち
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この後私は運良く壁の一番右(黒いノースリーブジャケットの人の右隣。白い巻物の人が座っている位置)をゲットできました。
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 どうやら、プールに入るには、まずは踊り場に降りる必要があるらしく、壁の向こうがいきなりプールではないらしい。となると、泳ぐエチオピア人を見るためには、この壁の上に立ちたい!と思っていたら、私の前に立っていたエチオピア人が退いてくれたため、壁の上に立っている人に頼んで、私も登らせてもらいました。
 そこから見た景色はこんな感じ。
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 たくさんのエチオピア人が泳いでます。洗礼を受けているというよりは、ただ単に楽しんでいるだけのような気がしますが・・・。全体を見渡せたわけではないので、もしかしたら向こうの方では厳粛な儀式が執り行われていたのかも?
 とりあえず私が見たプールは、運良くプールに辿り着けたエチオピア人が、男性はパンツ一丁、女性は水着姿になってプールに降り(飛び込んでる人もいましたが、水深は浅そうなのでケガしないのか心配でした)、その後、泳いだり、騒いだり、聖水を入れてくれと投げ込まれるペットボトルに聖水を入れてあげて人ごみの方に投げてたり、という姿でした。

集団で騒ぐ男性たち
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介助者ありの水泳者
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女子は水着着用。聖水をペットボトルに入れて投げてます。
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壁の上から振り返るとこんな感じ。
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 で、聖水が入ったペットボトルは、無事所有者の元に戻るのは難しそう。壁の上に立っている人たちが、周りを取り囲む人たちにかけたりしてました。この水が、ちょっとくらいならかかってもいいのですが、結構な量で降ってくるので服は濡れるわカメラも濡れるわでちょっと迷惑(聖水です!)。

ここから聖水がプールに流れ込んでいるらしく、聖水を求める人でごった返していました。
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聖水を振りかけるポリス。仕事で来ているのかプライベートなのか謎です。
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 とはいえ、私のような単なる物見遊山の客がずっとプールを眺めているのも申し訳ないので、存分見たところで退散しました。壁から降りる時も、その辺にいるエチオピア人に受け止めてもらいます。優しい人たちです。

私が壁を降りた後
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 ちなみに、私のすぐ横に、プールへの出入り口があったのですが、あまりの人の多さと、交通整理係が全くいないことがたたってものすごい押し合いへし合い。
 で、会場から出る時も同様。小さな出入り口に大量の人が押し寄せ、また、帰る人も押し寄せ、こちらも入り口と出口が同じでかつ交通整理係がいないことがたたってものすごい押し合いへし合い。その中で私も翻弄され、子どもだったら死んじゃうんじゃないかというほど押されました。毎年この行事やってるはずなのに何で入り口と出口を別にするとかいう工夫をしないのかなと不思議です。

ゴンダールのティムカット写真集
プールを見るための櫓が組んであるのですが、朝早くから満席。それでも登ろうとする人たち。
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外国のテレビも来てました。
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細長い蝋燭に火を灯して持っているのですが、みんなが巻いている巻物に燃え移りそうで心配でならない。
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会場にいる人はお金持ちが多いらしく、服装が綺麗な人ばかり。(入場は無料です)
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子どもがかわいい~
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余談。
 ゴンダールはティムカットで有名らしいですが、プール以外の街の中は至って普通でした。ただ、行きも帰りも、途中の各町の路上でたくさんの人たちが集まってお祝いをしていたため、車はしょっちゅう止まらざるを得ず、危ない目には遭いませんでしたが、ちょっと怖かったです。
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お布施をしないと通れないらしい。
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 また、任地からゴンダールに向かう中継地点のバハルダールの街中は、街路樹がデコレーションされている。と思ったらこれがなんとティッシュペーパーです。すぐぼろぼろになりそうな上に、トイレ用に使うのか、子どもが集めてました。これで飾り付けをしようと思う発想がすごいです。

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 クリスマス、ティムカットと祝日が続き、次の大きな祝日は4月のファシカ(イースター)。その前には恐怖のツォム(断食)があります。ただ、それらが全て、2度目にして最後と思うと悲しい。1年を過ぎた頃から、任期終了を意識し始めましたが、気付いてみれば任期ももう半年しかない。2年って本当に短いなと感じる毎日です。
  1. 2013/01/25(金) 01:51:55|
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ラスダシェン登山


 年末年始(とはいえエチオピアは年末年始ではない)にかけて、ラスダシェンという、エチオピアで一番高い山(4543m)に登ってきました。ラスダシェンの登山が5日間、それにラスダシェン最寄りの街(ゴンダール)までの移動を合わせて、計7日間の行程です。

 旅の1日目、任地インジバラからバハルダール、そしてゴンダールへ移動します。それぞれバスで2時間と3時間ほど。私たちは7人の登山グループだったため、バハルダール隊員がバスをコントラ(乗客を乗せたり降ろしたりしながら走るのではなく、出発地から目的地までの貸切)予約していたのですが、コントラのはずなのに、車掌は、他の人が乗ってくると言い出し、結局そのバスはキャンセル。波乱含みのスタートです。バハルダールを15時に出るはずが結局出発したのは16時頃。日も暮れてからゴンダールに着きました。

 旅の2日目、登山初日です。ゴンダールから車で2時間ほどのデバルクという町まで車で走り、お昼を食べて、ガイドなどと合流してデバルクからさらに車で走り、登山を開始します。が、この日デバルクまでなぜか3時間くらいかかり、登山を開始するのが遅れた様子で、本来歩き始める地点よりもさらに車で進んでから歩き始めました。大体13時から18時くらいまで歩いてキャンプサイトに着き、真っ暗な中、野外でディナーです。キリマンジャロに登った時は、もっと寒かったけど食事はいつもテントの中だったのに。(私はキリマンジャロ以外の登山経験がないので、全てをキリマンジャロ登山と比べてしまいます。)暗くて寒い中でディナーを済ませ、早速テントで寝ます。
 今回の登山パーティは、エチオピア北部隊員の男性5人、ジャイカ専門家の女性1人と私という7人。テントは女性2人、男性が2人と3人の3つです。早速寝ようとしたはいいが、ツアー会社から借りた寝袋がどうしようもなくお粗末な代物で、寒いことこの上ない。専門家の女性は寝袋を持参していた上に、薄くて軽い寝袋用のシーツを持っていたので、シーツを貸してくれました。とても薄いのに、とても暖かい。が、それでも寒いので持参したホッカイロを早速使用。ダウンジャケットなども着て寝ましたが、寒くて目が覚めます。ダウンジャケットを着ているのだからそんなに寒くないだろうという予想を覆す寒さに、持参したヒートテックを2枚とも着ます。それでまた寝ましたが、それでも寒い。しょうがなく、持参した服を全て着ることにしました。ヒートテック2枚、普通の長袖Tシャツ1枚、半袖Tシャツ3枚、ジャージ、ダウンジャケット、ウインドブレーカーにマフラーです。下半身は、ヒートテックタイツとジャージとウインドブレーカーのズボン。さらに、寝袋の上からもう一枚のウインドブレーカーをかけて、ようやく眠ることができました。

 登山2日目、7時半から朝食を食べ、早速歩きます。が、初日からそうだったのですが、ガイドの歩みが速すぎる。私は元から歩くのが遅いこともあり、全く着いて行けません。ペースが遅い人が前に行った方がいいと言われ、ガイドのすぐ後を歩いていたのですが、ガイドが速すぎ、私はどんどん遅れていく。そして私以外の人がどんどん私を追い抜いて行く。結局私はこの後もずっと、スカウトという、銃を持ってついてきてくれるエチオピア人と2人で最後尾を行くことになりました。
 初日以外は日が暮れる前にキャンプサイトに着いたため、屋外のディナーもそんなには寒くなかったのですが、やはり食べ物が急激に冷めていくのはしょうがないところです。

 登山3日目、大体同じ。ラスダシェンは、登ったり下りたりの繰り返しです。途中で見る景色はかなり美しいのですが、なにぶん私の歩みが遅いため、あまり景色を見る余裕がない。途中ガイドは私を待って止まっているたりするのですが、私が追い付くか追いつかないかのうちにまた歩き出すため、私には休憩時間がない。苦しいのは歩いている間だけで、休憩時間はそんなにはいらないのですが、上着を着たり脱いだり、水を飲んだり、日焼け止めを塗り直したりしたいのでたまには止まりたい。が、ガイドはそんなことちっとも気にかけてなさそう。

 登山4日目。この日がアタックということで、朝4時半から朝食を食べ、5時に出発です。この日がちょうど新年。男性陣は山頂でご来光を見たかったようですが、山頂まで4,5時間かかるとのこと。しかも、山頂まで谷を歩くので、なんとなーく朝が来た、という感じで、初日の出を見たという感じもありませんでした。キリマンのアタック時は、夜中の12時に出発し、ものすごい寒さと風の中を、1歩ずつ1歩ずつ本当にゆっくり行くのですが(それでもものすごく息が切れる)、今回のアタックは、地元民が歩いているような普通の道を行き、特に寒くもなく、風もなく、特別に危険な個所もなく、最後は岩場なので全身で登る必要がありますが、それ以外は普通に歩いて山頂に行けます。ただ、山頂とは言っても、ラスダシェンの場合、同じような高さの山頂的なものがいくつかあり、そこに登ったり、その後で谷まで下りたりという繰り返しのため、キリマンの時のように、「ついに山頂だ!やっと辿り着きました!!」という感動も薄め。一応みんなで記念写真を撮って、また下ります。キリマンの時は、山頂からの下山はガイドに腕を取られてほとんど引きずられるように下りたのですが、今回は自力で下りました。滑りやすい所はスカウトさんに手を取ってもらいましたが。そして、前日と同じテントまで下りて4日目も終了です。
 ちなみにこのラスダシェン、キリマンジャロにも登ったことのあるエチオピア隊員が口を揃えて「キリマンよりもきつい」と言っていたため、私はかなりビビッていたのですが、結論から言うと、キリマンジャロの方が300倍くらい辛かったです。というのも、多分アタック以外はラスダシェンもキリマンジャロも大差ないのですが(つまり、かなり標高の高い所を延々歩く)、アタックの辛さが比べ物になりません。ただ、私がキリマン登山時に登ったマチャメルートはキリマン登山道の中でも辛い部類らしいので、ルートや天候によっても違ってくるとは思いますが。
 ラスダシェンアタックをした日は、エチオピアでは普通の日ですが、ラスダシェンに登るようなファレンジ(外国人)にとっては新年ということを調理人も知っていたらしく、羊を捌いたと言って羊肉と、赤ワインが出てきました。ちなみに、ディナーは毎日かなりおいしかったです。メニューはスープと野菜炒め、スパゲティなどです。野菜やガスボンベなどをミュールが運んでくれるので、毎日たっぷりの温かい食事がいただけます。私は5日間毎日6~11時間歩いていたにもかかわらず、4キロも太ってしまいました。なぜ?そして任地に戻って5日間で3キロ減りました。なぜ?

 登山5日目。この日はゴンダールまで戻るため、13時までにはキャンプサイトに戻っていた方がよいということで、前日よりも早い朝4時から朝食。のはずだったのですが、朝4時、何も準備されていない。調理人のテントを覗きに行くと、鍋を火にかけたまま、調理人は寝ていました。「もうみんな待ってるんだけど」と言うと、「すぐできるから」という返事。いや絶対無理でしょ。と思って「何分後?」と聞くと、「20分。」正直なのはいいけど、私たちは一体何のために早起きしたんだ!と思い、エチオピア流の驚き方で「んで~~~!!??」と言うと、「分かった。15分。」それをみんなに伝え、みんな一旦各自のテントに撤収。結局歩き始めたのは5時くらいでした。「それくらいなら最初から4時に朝食とか言うなよ~」という不満がくすぶる中、なんとガイドが7時くらいに通過した村で「ボクはここで朝食を食べて行く」との発言。「なぜお前はさっき朝食を食べなかったんだ!」とさらに渦巻く不満。そんなこんなありながら、無事に13時前に初日のキャンプサイトに到着して、5日間の登山は終わりました。

 今回も疲労軽減のため、ほとんど写真を撮っていません。途中で断崖絶壁とか美しい花とか珍しい景色など、写真に撮りたいものはたくさんあったのですが。ちなみに、ラスダシェン登山ではほとんど動物には会えません。今回は、アイベックスとサルとネズミが見れたのみ。ハイパーラッキーだと、エチオピアウルフが見れるそうなのですが、今回は残念ながら見れませんでした。
 有名な登山家、野口健が数か月前にエチオピアに来てラスダシェンに登ったらしく、彼のブログに、ラスダシェンにはほとんど日本人が来ていないと書いてあったのですが、私たちが行った時も、登っていたのはヨーロッパ人と、エチオピアで活動するピースコー(アメリカ版協力隊)の隊員と私たちだけでした。でもそれもそのはず、日本からエチオピアはかなり距離があり、さらに標高も高い(ノルウェーからトレッキングに来ているらしき男性はどう見ても高山病の様相を呈していました。)ため、ラスダシェンに登るには、かなり長いお休みが必要になると思います。忙しい日本人にそんな時間があるとは思えません。

 ちなみに今回のメンバーは、日本人登山者7名と、英語の喋れるガイドが1名、銃を持って後ろからついてきてくれる地元民(スカウト)が1名、私たちの荷物やテントを運ぶミュール(ロバ?)を扱うミュールハンドラーが4名、調理人が1名とアシスタントの調理人が1名という構成でした。キリマンの時は、私たちの荷物やテントは、ポーターさん(人間)が運んでくれたので申し訳なさも倍増でしたが。その時同様、今回のスカウトさんは、足元も普通のエチオピア人が履いているような白いサンダル。長袖も着ていないのに、どうやら夜は私たちのテントの側でただ座って(テントもなければ毛布もない)、見張りをしてくれていたらしいです。結局申し訳ない・・・・・・・。

スカウトさん。名前はタカ。今回一番お世話になったかも。
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足元。このサンダルは任地でもよく見かけます。
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 登山を無事終え、デバルクでガイドなどと別れ、そこからゴンダールへ戻ります。ゴンダールで泊まったホテルが素晴らしく、ツインで1人1泊270ブルにもかかわらず、バスタブまでついていました。ここで5日間の砂埃を洗い流します。予想通りと言うべきか、バスタブの水の黒いこと。そして、ダシェンビアガーデン(エチオピアの2大ビールのうちの一つがダシェンビールです)で乾杯して、旅の無事を祝いました。

 翌日、ゴンダールからバハルダールに戻ってこの旅も終了。肉体的疲労はキリマンに比べれば大したことはないですが、それでもかなり疲れました。
 最後に、私の数少ない写真の中からラスダシェン登山の写真をいくつか。

デバルク近郊では中国人が道路建設中。
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1日目。歩き始めてすぐの景色。
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1日目のキャンプサイトからの夕日
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2日目。切り立った崖
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2日目のキャンプサイトで見れる景色と猿
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4日目に通る川。今までに見たエチオピアの川はどれも茶色く濁っていたため、こんなに澄んだ川もあるのかとびっくりでした。
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5日目の下山中にあった骨。
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5日目の帰りの車中より。ものすごい高地の斜面を耕してます。
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私たちがお金をかけて登るラスダシェンにも普通にエチオピア人が住んでいて、麓の村からお土産を売りに来ている。ちなみにペプシも売っていて、一瓶25ブル(町では7ブル)でした。山の民はすごいです。
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  1. 2013/01/18(金) 01:42:53|
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ブルーナイルの源流


 先日、任地からバスで10分、バスを乗り換えて未舗装道路を30分ほど行ったところにあるブルーナイルの源流の町、サカラに行ってきました。こちらの源流、エチオピア正教徒には聖水として名を鳴らしているそうで、源流の場所にはエチオピア人がうじゃうじゃいます。
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看板の先。洗濯物が干してあったり、エチオピア人が寝そべって喋っている。
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 ところが、私たちも気軽に見てみようとしたところ、どこからともなく人が現れ、「50ブル払え」と言ってきます。まさか源流を見るのに50ブルもいるとは思わなかった私は、「いやいや嘘言ってんじゃないよ。何でお金がいるんだよ。エチオピア人自由に行ってんじゃん。」と抵抗しますが、かなりしつこい。そのうち領収書を持った人まで現れ、「エチオピア正教徒以外は50ブルだ」と言ってきます。正直50ブル払う価値があるとはとても思えないのですが、かなり長いこと言い合った挙句、せっかくここまで来たんだから払おうかな~と思ったら、50ブル払って、しかも断食して来いとのこと。へ?と思っていると、食事後何時間かは入ってはいけないらしい。(何しろ聖なる場所だから。)私たちはちょうどランチを食べ終えたところだったため、結局諦めました。ていうかそれ先に言ってくれたら50ブル払うかどうか悩まず諦めたのに・・・。というわけでせっかく行ったのに源流も見ずに帰ってきました。
 
こちらの川が源流からちょっと先の所。人々が普通に洗濯したりしています。
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サカラの町にて。ブサイク顔がかわいい子供。
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毛皮まとって歩く人。
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バイクに空気入れてる人。自転車じゃあるまいし、こんなんで入るのか?
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  1. 2012/10/13(土) 02:24:00|
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