My Life in Ethiopia

青年海外協力隊員としてのエチオピアでの暮らしについて。

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帰国しました。


 2013年9月25日、日本に帰国しました。
 2年3か月ぶりの日本は・・・やはりこれまで何十年も過ごした場所だけに、慣れるのは早く、あっという間に日本人に戻った気がします。日本では何を食べてもおいしくて、トイレもきれいだし、物は溢れているし、シャワーの水圧は高いし、エチオピアの人たちを連れてきたら一体どう思うんだろうとか、目にするものが任地の光景とあまりにも違って、「あの頃が夢のようだ」と思う帰国隊員の気持ちもものすごく理解できます。
 ただ、「日本はサービスがすごい」とよく聞きますが、そうでもない気が・・・。お茶のお代わりが欲しいのに呼んでも気付いてくれない店員さんとか。エチオピアでは「ま、エチオピアだからね。しょうがないよね。」とあっさり諦めるところですが、日本に対する期待値が高すぎるのか。物も溢れすぎてて逆に購買意欲が湧かない。何でもかんでも高いし。そして蒸し暑い。もう10月だというのにこの蒸し暑さは。日本の蒸し暑い夏と寒い寒い冬を考えると、気候だけ見たらエチオピアの方が過ごしやすいと思います。
 とりあえず一番びっくりしたことは、実家に戻って自分のタンスを開けたら、服がたくさん入っていたことです。「物少ないね」と言われていた私でさえこの服の量。色々考えさせられます。
 あとは雨がしとしとと降ることでしょうか。エチオピアの雨季に降る雨はそれはそれは激しいもので、パソコンで映画などを見ていても音声は聞こえなくなるほど。しかし日本の雨はおしとやかにしとしと降る。これはすっかり忘れていた感覚でした。

 帰国したらもう「チャイナ!」と言われることもない代わりに、道行く人から名前を呼んでもらうことも、「イニブラ!(一緒に食べよう)」「イニタタ!(一緒に飲もう)」と言ってもらえることもなくなるんだろうなー寂しいなーと思っていましたが、日本ではエチオピアのように、そこら辺の人に気軽に話しかけたりできないのがやはり寂しく感じます。というか、こんなに「話しかけちゃいけない」国って、むしろ日本だけなんでは?という気もしますが。
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  1. 2013/11/25(月) 23:57:06|
  2. 雑感
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協力隊員としての2年3か月を振り返って思うこと。


 「2年3か月/行ってみて/協力隊活動は、どうでしたか?」というよく聞かれそうな質問に対する答えとして、一言で言えば「楽しかった」ですが・・・、「具体的にどういう風に?」と聞かれると。
 私の協力隊への志望動機の一つは「自分が知っているのとは違う価値観を知りたい」だったので、宗教、言葉、習慣、食べ物など何もかもが違うエチオピアで暮らせたことで、その目的は達成できたと言えます。
 さらに具体的に言えば、私は「頑張ることが美徳じゃない世界」を見てみたかったんです。日本ではすぐに「頑張ります」とか「頑張って」という言葉を口にするし、そう言わなければ収まりのつかない場面も多々あるように思います。
 ですがエチオピアでは多分、「頑張る」ことは美徳ではないです。「過労死するまで頑張る」なんて、たぶん想像もつかないと思います。というか、「頑張る」という価値観そのものがあるのかどうかもよく分かりません。エチオピアで使うアムハラ語には「(男性に)アイゾ/(女性に)アイゾッシュ)」という言葉があります。これは日本語で言えば「頑張って」とか「気をつけて」とかいう意味なのですが、日本語の「頑張って」とはかなりイメージが違う気がします。何か仕事をしている人にも「アイゾ/アイゾッシュ」と言いますが、道でこけそうになった時、風邪を引いた時、などなど、「気を付けて~」とか「あなたのこと気に掛けてるよー」とかいう場面の方がよくその言葉を使う気がします。
 これまで「頑張ることは尊い」という価値観の中で生きてきた私にとって、あまりにも「頑張らない」エチオピアは、その点では決して居心地のいい場所ではありませんでした。例えば、学校では成績だけで判断されるため、よい成績をとるためなら、カンニングでもズルでも何でもする生徒ばかり(らしい)です。それに比べたら、たとえそれが建前だけだとしても「努力は報われる」という前提のもとに評価される方がいいのではないかと思います。
 しかし「努力は実は報われないこともある」という事実の前には。そして「頑張った先に何があるのか分からない」という事実の前には。
 エチオピアと日本の中間くらいの、ちょうどいい感じってないのかな~と思っています。
  1. 2013/11/25(月) 23:55:37|
  2. 雑感
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最後のエチオピア新年


 西暦2013年の9月11日はエチオピア暦の2006年1月1日。つまり新年でした。
 いつもならこういった祝日には羊を絞めてご馳走を食べるのですが、なんと今年は新年がツォム(動物性蛋白質断食の日)である水曜日であったため、新年にはお肉の摂取ができませんでした。その日はコーヒーセレモニーなどだけを楽しみ(お肉や牛乳はダメなのに、コーヒーやお酒は問題ないというのが最後までよく分からないところだったのですが、多分理由なんてあってないようなものかと推測します)、9月12日が新年本番といったところ。
 私は帰国を控え、9月13日金曜日の早朝に任地から首都に出発することになっていたため、配属先などの人にご挨拶に行ったのですが、既に多くの人が新年の休みモードで実家に戻っていたりして、きっと後で「挨拶もせずに帰国したの?」って言われるんだろうなーと思うと残念。
 しかも、帰国するとなったら「帰る時何くれるの?」攻撃がすごい。もちろん人によりますが。あまり話したことのないおじさんがわざわざ呼び止めるので何かと思ったら、「ラップトップくれ!」。最後にジャイカのボランティア調整員が私の活動の最終報告のために配属先に来てくれたのですが、対応してくれた副トップが最後に言ったのは「ラップトップが欲しい。」*1・・・・・・。何で?
 そういった高価な物はあげず、お世話になった人には私が着ていた服(もちろんまだまだ着れる物)などをあげたのですが、とある人に「お古をプレゼントするのは失礼だ。ちゃんと買った物をあげるように」と言われてしまいました。そんなことを言われたのは初めてだったので、その場は謝りましたが、その後、「中途半端な金持ちは厄介だなー。他の人は喜んでくれたのに。いらないんなら返してもらって村落部の人にあげればよかったなー」と思っています。
 そんなこんなで、任地を去る寂しさと、「物くれ」攻撃への残念さと、複雑な思いを抱えながら最後の夜に荷物のパッキングをしていると、なんと停電。しかも夜8時から朝7時くらいまで。ここのところそんなに長い停電はなかったのに、何で最後の夜にそんなことになるのか。ろうそくは1本だけだけど、残しておいてよかったと思いながら、ろうそくの灯りの元でパッキング。
 エチオピアは最後まで気が抜けません。

*1配属先ではパソコンはほとんどゲームや音楽のために使われています。インターネットが開通してからは、ほとんどフェイスブック。しかしそんな状況でも新しいパソコンが何台か導入されました。一体誰が何のために?としか思えないのですが。
  1. 2013/11/25(月) 23:52:53|
  2. インジバラ
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コタビフェス(余波編)


 コタビフェスで売れ残った布草履とシュシュなどの小物ですが、フェスが終わった翌週に配属先のオフィスなどで「フェスどうだった?」とか「シュシュ見せて」とか話しかけてくれる人がかなりいたため、「これだよ。買え!(アムハラ語は常に命令形です)」と言っていたところ、シュシュは1ブル~2ブル、コサージュは0.5ブル~1ブルで結構売れました。
 問題は布草履。本来売りたかった価格は20ブルですが、15ブルにしてもまだ売れない。しかしとあるおじさんが、「10ブルなら買うよ」と言って、なんと3足も買ってくれました。妻と子ども二人にだそう。びっくりです。その後、「妻に」と10ブルで1足買ってくれる人もいて、この結果を受けて、布草履の作り方を教えた村落部の女性たちに「10ブルで売れたよ!」と報告するつもりです。
 しかし9月11日の新年と自分の任地引き上げを控えて、使える時間はもう残りわずか。日々は慌ただしく過ぎていきます。
  1. 2013/09/02(月) 18:02:35|
  2. 活動
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協力隊の任期延長に関する考察


【メリット】
・活動期間の延長
 私の場合、活動に協力してくれる人を見つけるまでにかなりの時間がかかり、活動を始めることができたのがかなり遅かったため(派遣1年後の中間発表の時でさえ、ほとんど「信頼関係を構築中」くらいのことしか言えなかった)、実質的な活動期間が長くなったというのがやはり一番のメリット。延長した3か月で、コタビフェスティバルができただけでなく、SODISの普及活動もできたし、とりあえずやろうと思っていたことは全部できたので、やはり延長して良かったなと思います。
 ちなみに衛生啓発活動の一環として「学校間のお掃除コンテスト」を企画して、保健所スタッフと一緒にチェックリストまで作っていたのに、彼の仕事が立て込んでおり、学校を回ることができず、学校は雨季休みに入ってしまいました。しかし新年(西暦の9月11日)の前には学校に教師もいるらしく、その間に各学校に、「掃除コンテストをします!」と説明して回っています。開催を宣言したからにはきっとその保健所スタッフが実際に開催してくれる・・・ことを願っています。

・言語習得
 アムハラ語の得意な同期が帰国前にもアムハラ語講座を開いてくれたことや、彼女たちの喋るアムハラ語を聞いていて、「ふんふんこういう時はこう言えばいいんだね」的なコツがつかめたのか、動詞を関係代名詞的に使うやり方が分かったからか、任期延長した3か月でも、明らかに自分のアムハラ語力は伸びたと思います。あくまでも自分比ですが、英語の得意な友人にも「最後になってアムハラ語完璧になってきたね!」と言われました。

【デメリット】
・手続きが面倒くさい
 本来2年で帰国するはずだったため、パスポートやビザの延長手続きが必要なだけでなく、借家の契約延長とか、奨学金返済猶予の延長とか、保険の延長とか、色々な手続きが必要になってきます。これらがいちいち面倒臭いです。調整員の方にも仕事増やしてすみませんって感じです。

・疲れやすい。
 しかし任期延長のデメリットは、ほとんどこれに尽きる気がします。あくまで感覚ですが、本来の帰国日を過ぎたあたりから、何だか妙に疲れやすくなった気が。このことを「協力隊の任期が2年なのは、きっとそのくらいで途上国に疲れてしまうからに違いない」と、元協力隊員のジャイカ関係者に話したところ、「うん。そうだと思う。」とあっさり同意されました。
 世界各国を見てきたその関係者によると、エチオピアは協力隊員が派遣されている国の中では、1,2位を争うほどの最貧国だとか。(つまり政情不安などで隊員が派遣できない国の中にはもっと貧しい国もあるんでしょうが。)東アフリカでも他の国は、援助関係者などが息抜きできるスペースや、その人たちが買いたい物が買える場所がちゃんとあるらしいです。確かに私も以前、東アフリカ派遣の隊員に「休みの日にはどこか遊びに行くの?」と聞かれて驚愕したことがあります。「休みの日だからどこか近くのレジャースポットに遊びに行く」というような発想は、エチオピアに来てから全く持ったことがありません。バスで2時間のバハルダールには一応、高級ホテルが1,2軒ありますが・・・それもそのジャイカ関係者によると、レベルはかなり低めとのこと。

 最近の休みの過ごし方は、「エチオピア人の友人の家に行ってブンナでもご馳走になろうかな」とか、「庭の雑草がボーボーだから庭仕事しておこう」とかです。たまにはバハルダールに行ってみたりもしますが。
  1. 2013/09/02(月) 18:00:56|
  2. 雑感
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